19世紀以降に行われた都市改造の影響もあって、パリには古い街並みというものがあまり残されていません。そんな中、中世の風情を今なお感じられるのがマレ地区です。一体どんな街なのか、紹介してみたいと思います。
マレ地区って、どのあたり?
マレ地区は、ルーヴル美術館よりも少し東。ノートルダム大聖堂のあるシテ島の、ちょうど対岸にあたる地域です(セーヌ右岸)。大革命以前の貴族の館や広場などが今も残っているとあって、16世紀から18世紀にかけてのパリの面影が味わえます。
とはいえ、オシャレなブティックやカフェなどもたくさんありますから、最近のトレンドをチェックしながら、界隈をのんびりと散策してみてはどうでしょうか。特にバスティーユ広場の近くは、新オペラ座の出現とともに、最新の若者文化の発信地として注目されています。
パリで最も美しいヴォージュ広場
政治家や貴族たちが住んでいたという、赤レンガ造りの館に囲まれた美しい広場が「ヴォージュ広場」です。完成したのは1612年。大革命が起こるまでは、貴族たちの社交の場として使われていたことから、「ロワイヤル広場 Place Royale」とも呼ばれていました。
建物の1階部分はアーケードになっていて、ギャラリーやレストランなどが並んでいます。もちろん散策中に立ち寄って、芝生でちょっとひと休みするのもいいですね。
また、文学ファンにおすすめなのが、広場の南東部分にある「ヴィクトルー・ユゴー記念館」です。『レ・ミゼラブル』でおなじみのユゴーが、30代から40代にかけて住んでいた場所にあたります。
フランス革命発端の地・バスティーユ広場
フランス革命へと発展する最初の事件が起きたのは、1789年7月14日のこと。パリ市民によるバスティーユ牢獄への襲撃でした。その牢獄跡に造られたのが「バスティーユ広場」です。
オペラ・ガルニエとは好対照なのが、広場の東側に建てられた「オペラ・バスティーユ」(新オペラ座)です。故ミッテラン大統領によるパリ大改造計画の一つとして1989年に完成。それを切っ掛けに、若者が集まるトレンディな地域へと変化することになりました。
ネオ・ルネサンス様式のパリ市庁舎
セーヌ川を挟んで、ノートルダム大聖堂の向かい側に建っているのが「パリ市庁舎」です。17世紀に建築された後、パリ・コミューン(1871)で焼失。今の建物は1882年に復元されたものです。
実はこの市庁舎前広場、建物に向かって左側にはメリー・ゴーラウンドがありますし、冬には子供たちがスケートを楽しんだりもします。
貴族の館・カルナヴァレ博物館
マレ地区では、中世に建てられた貴族の館が美術館や博物館として活用されていますが、その中でも代表的なのが「カルナヴァレ博物館」です。
ルネサンス様式のもと、1544年に建てられた館内には、マリー・アントワネットの遺品を含め、パリに関する歴史資料が広く展示されています。
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